雨が三日続いていた。
泥だらけの山道を抜けて、低い尾根沿いに歩いていた。ガリョウが先頭、クロワが後方、僕が真ん中。いつもの隊列。雨粒がクロワの結晶質の鱗に当たって、ガラスの風鈴みたいな冷たい音を立てている。三日も雨が続くと、世界が灰色に溶けていく。
そんな灰色の行軍の中で、僕は倒木の陰に小さな影を見つけた。
泥の中の命
体長30センチほどの、翼のある獣。まだ幼い個体だ。片翼が不自然な角度に折れ曲がっていて、泥の中でうずくまっている。雨に打たれて、微かに震えているのだけが生きている証拠だった。
クロワの目がその小さな獣を捉えた。数秒、分析するような視線。
翼の骨折。自然治癒の可能性は低い。効率的には放置が正解だ。我々の行軍速度を落とす理由にはならない。
正論だ。いつものクロワだ。でも、クロワの足が動かなかった。立ち止まったまま、その小さな獣を見下ろしている。クロワの結晶が少しだけ曇ったように見えた。
設計図にない動き
そしてクロワは、膝をついた。
あのクロワが。泥の中に膝をつき、氷のように冷たいはずの両手で、壊れそうなほど小さな獣をそっと持ち上げた。橋の設計図を描くときと同じ慎重さで。獣が微かに怯えた声で鳴くと、手の力をすっと緩めた。
クロワさん。今のは……設計に入ってたんですか?
……入ってない。初めてだ。
クロワの声が、いつもと違った。自分自身に戸惑っているような響き。あのクロワが、自分の行動を説明する言葉を持っていなかった。
ガリョウが振り返った。皮肉でも威圧でもない、純粋な笑みを浮かべていた。
へえ。お前にもそういうのがあるんだな。
……黙っていろ。骨の接合に集中している。
三日間の設計
クロワはその後三日間、その獣の面倒を見た。行軍速度は落ちた。でもクロワはそれを口にしなかった。
翼の骨に合わせた精密な添え木を設計し、氷の結晶で固定具を成形した。体温管理のために自分の鱗の一部を削って断熱材にした。削れば痛いはずだ。でもクロワは眉ひとつ動かさなかった。食事も、回復に最適な組み合わせを計算し、指の先に乗せて口元に運んだ。
四日目の朝、雨が止んだ。獣が初めて翼を動かした。まだ飛べない。でも動いた。朝の光を受けて産毛が金色に光り、泥に汚れていた体が本来の淡い青を取り戻し始めていた。
クロワは少しだけ息を吐いた。計算で回復率はわかっていたはずだ。でも、実際に翼が動くまでは不安だったのだ。あのクロワが。
設計図にない行動にも、構造がある。それを感情と呼ぶのかもしれない。
クロワさん。それ、日記に書いていいですか。
……好きにしろ。ただし「Kが泣いた」とは書くな。泣いていない。
泣いてはいなかった。でもあのとき、クロワの鱗がいつもより少しだけ透明だったことは、僕のノートにだけ書いておく。
一週間後、獣は飛んだ。クロワの手のひらから三回羽ばたいて木の枝に止まり、一声だけ澄んだ高い声で鳴いて、空に飛び立った。
クロワは見送らなかった。背中を向けたまま地図を広げていた。でもそのページはさっきからめくられていなかった。クロワなりの見送り方だったのだと思う。
その夜、ノビはノートにこう書いた──
設計図にないことをしたクロワさんの鱗は、少しだけ違う色に見えた。本人は気づいていないと思う。