怪獣たちの足元で、明日を考える。
第22話 Kindness

設計図にない優しさ ―― クロワの初めて

Gō Shiomi Gō Shiomi
設計図にない優しさ ―― クロワの初めて

雨が三日続いていた。

泥だらけの山道を抜けて、低い尾根沿いに歩いていた。ガリョウが先頭、クロワが後方、僕が真ん中。いつもの隊列。雨粒がクロワの結晶質の鱗に当たって、ガラスの風鈴みたいな冷たい音を立てている。三日も雨が続くと、世界が灰色に溶けていく。

そんな灰色の行軍の中で、僕は倒木の陰に小さな影を見つけた。


泥の中の命

体長30センチほどの、翼のある獣。まだ幼い個体だ。片翼が不自然な角度に折れ曲がっていて、泥の中でうずくまっている。雨に打たれて、微かに震えているのだけが生きている証拠だった。

クロワの目がその小さな獣を捉えた。数秒、分析するような視線。

🐉 クロワ

翼の骨折。自然治癒の可能性は低い。効率的には放置が正解だ。我々の行軍速度を落とす理由にはならない。

正論だ。いつものクロワだ。でも、クロワの足が動かなかった。立ち止まったまま、その小さな獣を見下ろしている。クロワの結晶が少しだけ曇ったように見えた。

雨の中、泥にうずくまる小さな翼のある獣
合理性では説明できない何かが、クロワの足を止めた。

設計図にない動き

そしてクロワは、膝をついた。

あのクロワが。泥の中に膝をつき、氷のように冷たいはずの両手で、壊れそうなほど小さな獣をそっと持ち上げた。橋の設計図を描くときと同じ慎重さで。獣が微かに怯えた声で鳴くと、手の力をすっと緩めた。

🦕 ノビ

クロワさん。今のは……設計に入ってたんですか?

🐉 クロワ

……入ってない。初めてだ。

クロワの声が、いつもと違った。自分自身に戸惑っているような響き。あのクロワが、自分の行動を説明する言葉を持っていなかった。

ガリョウが振り返った。皮肉でも威圧でもない、純粋な笑みを浮かべていた。

🦖 ガリョウ

へえ。お前にもそういうのがあるんだな。

🐉 クロワ

……黙っていろ。骨の接合に集中している。

クロワが小さな獣の翼を慎重に診ている
論理の手が、初めて感情で動いた瞬間。

三日間の設計

クロワはその後三日間、その獣の面倒を見た。行軍速度は落ちた。でもクロワはそれを口にしなかった。

翼の骨に合わせた精密な添え木を設計し、氷の結晶で固定具を成形した。体温管理のために自分の鱗の一部を削って断熱材にした。削れば痛いはずだ。でもクロワは眉ひとつ動かさなかった。食事も、回復に最適な組み合わせを計算し、指の先に乗せて口元に運んだ。

四日目の朝、雨が止んだ。獣が初めて翼を動かした。まだ飛べない。でも動いた。朝の光を受けて産毛が金色に光り、泥に汚れていた体が本来の淡い青を取り戻し始めていた。

クロワは少しだけ息を吐いた。計算で回復率はわかっていたはずだ。でも、実際に翼が動くまでは不安だったのだ。あのクロワが。

🐉 クロワ

設計図にない行動にも、構造がある。それを感情と呼ぶのかもしれない。

🦕 ノビ

クロワさん。それ、日記に書いていいですか。

🐉 クロワ

……好きにしろ。ただし「Kが泣いた」とは書くな。泣いていない。

泣いてはいなかった。でもあのとき、クロワの鱗がいつもより少しだけ透明だったことは、僕のノートにだけ書いておく。

一週間後、獣は飛んだ。クロワの手のひらから三回羽ばたいて木の枝に止まり、一声だけ澄んだ高い声で鳴いて、空に飛び立った。

クロワは見送らなかった。背中を向けたまま地図を広げていた。でもそのページはさっきからめくられていなかった。クロワなりの見送り方だったのだと思う。

朝空に飛び立つ小さな翼の獣と、背を向けるクロワ
設計図にない行動が、クロワの中に新しい構造を作った。

その夜、ノビはノートにこう書いた──

設計図にないことをしたクロワさんの鱗は、少しだけ違う色に見えた。本人は気づいていないと思う。

感情 · 優しさ · 変化

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