怪獣たちの足元で、明日を考える。
第29話 Kindness

最後のページ ―― ノートが語る旅路

Gō Shiomi Gō Shiomi
最後のページ ―― ノートが語る旅路

3冊目のノートの残りは、あと数行分だった。

明日の朝、この町を発つ。その前に、やり残していたことが一つある。


最後の夜の仕事

宿の一階で、ガリョウとクロワが明日のルートについて話していた。僕はノートを持って、二匹の前に座った。

🦕 ノビ

あの、二人にお願いがあるんです。記録のつけ方を教えたくて。

二匹が同時にこちらを見た。ガリョウは怪訝な顔、クロワは片眉を上げた。

🦖 ガリョウ

俺に書き物をしろと?

🦕 ノビ

書き物じゃなくて、観察の残し方です。いつか僕がいない場面で、必要になるかもしれないから。

口にしてから、自分の言葉に驚いた。いつからこんなことを考えていたのだろう。たぶん、3冊目の終わりが近づいてから。この群れの記憶が僕のノートの中だけにあるのは、危ういと思ったのだ。

宿の机でガリョウとクロワにノートを見せるノビ
教わる側が、初めて教える側に回った夜。

二匹の生徒

ガリョウには「体の変化を言葉にすること」を伝えた。

🦕 ノビ

ガリョウさん、あの最強の敵と戦ったとき、左腕の感覚が鈍くなってたの、覚えてますか。僕のノートに書いてあります。二日前から左で岩を叩くときの音が変わってたんです。本人が気づく前に、僕のメモが気づいてた。

🦖 ガリョウ

……それは知らなかった。

🦕 ノビ

鍛錬の後に、一言だけ書くんです。「今日の拳は昨日より軽い」とか「右膝に違和感」とか。それだけで、自分の体の変化が見えるようになります。

ガリョウは黙っていた。でも拒否の沈黙ではなかった。

クロワには「数字にならない情報の拾い方」を伝えた。

🦕 ノビ

クロワさんは数値データの記録は完璧です。でも、村人の表情とか、空気の匂いの変化とか、数字にならないものも記録に残す価値があると思うんです。壊れた設計図の村で、村長の「それでも」が設計を変えたみたいに。

🐉 クロワ

……定性データの重要性は、お前に教えられた。否定しない。

クロワがそう言って、自分の地図帳の余白にペンを走らせた。何かをメモしている。クロワが僕の言葉をメモしている。その光景が、信じられなかった。

ノビの話を聞くガリョウとクロワ
教えたのは技術じゃない。見方だった。

最後のページ

二匹が寝静まった後、ノートを開いた。最後のページだった。

🦕 ノビ

このノートに書ききれなかったことが、まだたくさんあります。ガリョウさんの不器用な優しさとか、クロワさんがたまに見せる笑顔とか。

ゆっくりと、書いた。

「今日、初めて二匹に記録の話をした。ガリョウさんは黙って聞いてくれた。クロワさんはメモを取っていた。僕が教えたことなんて、たぶんほんの少しだ。二匹がくれたものに比べたら。」

ペンを置いた。ノートを閉じた。3冊を重ねると、片手で持てる厚さだった。

🦖 ガリョウ

……笑顔のくだりは消せ。

起きていたらしい。

🐉 クロワ

記録すべきデータがまだあるなら、次のノートが必要だ。論理的帰結として。

クロワも起きていた。二匹とも、寝たふりをしていたのだ。

窓の外が白んできた。角が擦り切れた1冊目。砂が挟まった2冊目。クロワが選んでくれた3冊目。3冊を鞄にしまった。

3冊のノートを重ねて鞄にしまうノビの手元
片手に収まる旅が、僕の全部だった。

その夜、ノビはノートにこう書いた──

クロワさんがメモを取っていた。あれだけで、僕がこの群れにいた意味はあったと思う。

記録 · 振り返り · 区切り

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