怪獣たちの足元で、明日を考える。
第1話 Fun

3匹が出会った日 ―― 始まりの記録

3匹が出会った日 ―― 始まりの記録

その日の空は、やけに低かった。

雲が山の腰あたりまで降りてきていて、遠くの稜線がぼんやり白く煙っている。湿った空気が草の匂いを運んでくる。季節の変わり目特有の、不安定な風。いつ雨が降ってもおかしくない空の色だった。どこかで雷が鳴っている気配がした。

ノビは南の草原をひとりで歩いていた。特に目的はない。昨日までいた群れとは、なんとなく合わなくて離れた。何が嫌だったのか、自分でもうまく言えない。ただ、あの輪の中にいると息が詰まった。笑い声が遠くに聞こえて、自分だけ水の底にいるような感覚。それが嫌で、ある朝ふらりと歩き出した。

背中の荷物は軽い。ノート1冊と、ペンと、水筒。怪獣としては恥ずかしいほどの荷物だ。でも、持つべきものがわからないのだから、持てるものだけ持って歩くしかない。

明日どこへ行くかも決まっていない。草を踏む自分の足音だけが、やけに大きく聞こえる。ときどき振り返っても、誰もいない。当たり前だ。誰にも行き先を告げていないのだから。

風が草原を渡っていく。背の高い草が波のようにうねる。空は相変わらず低くて、世界が狭く感じる。そんな、何でもない午後だった。

異変に気づいたのは、地面が揺れたからだ。

最初は地震かと思った。でも揺れ方が規則的すぎる。ドン、ドン、ドン。何かが歩いている。しかも、とてつもなく大きな何かが。草原の草が、振動に合わせてざわざわと揺れている。


山腹の巨影

丘を越えたとき、ノビは立ち止まった。息を呑んだ。

山の中腹に、巨大な影があった。最初は岩だと思った。山肌の一部だと思った。でも、それは動いていた。ゴツゴツした岩肌のような鱗。火山の玄武岩をそのまま身にまとったような、暗い赤褐色の体表。両腕は丸太を束ねたより太く、背中の隆起は小さな山脈のようだった。

その怪獣は――山を相手にスクワットをしていた。正確には、山の岩壁に背中を押し付け、信じられない重量を足腰だけで支えている。周囲の地面はその足圧で凹み、小さなクレーターができていた。岩壁には爪の跡が深く刻まれ、何百回、何千回と繰り返してきたことを物語っている。

🦖 怪獣G

……498。……499。……500。

500回。ノビが見つけた時点で、もう500回だった。

しかも、それが「ウォームアップ」だということを、ノビはこの後すぐに知ることになる。世の中には、とんでもない存在がいるものだ。

息を殺して見ていると、別の方角から低い振動が伝わってきた。振り返ると、川の向こう岸に、もう1匹いた。同じくらい巨大。しかし印象がまるで違う。

滑らかで、青みがかった鱗は深海の氷のように透き通り、陽の光を受けると結晶のように輝く。動きには一切の無駄がなかった。その怪獣は川に橋を架けていた。両岸の岩を正確に削り、力学的に完璧なアーチを組み上げている。誰に頼まれたわけでもない。ただ、「ここに橋があるべきだ」と判断したから架けている。そういう顔をしていた。

🐉 怪獣K

支点の角度を0.3度修正。これで荷重分散が最適化される。美しい。

山腹でスクワットするGと、川に橋を架けるKを遠くから見つめるノビ
すべては、この日から始まった。

岩場のやりとり

Gがスクワットの手を止めた。首だけを動かし、川の向こうを見る。

🦖 怪獣G

おい、K。また誰も使わない橋を作ってるのか。欠陥はお前の頭だ。

🐉 怪獣K

使う使わないは問題ではない。この地形に橋が存在しないこと自体が構造的な欠陥だ。スクワットで解決できる問題は、この世にそう多くない。

Gは鼻を鳴らした。「多い。お前が思ってるより、ずっと多い。」

そう言って、また腰を落とし始めた。Kは何も返さず、橋の角度を微調整している。言葉は噛み合わないのに、呼吸は合っている。互いを否定しながら、互いの存在を前提にしている。不思議な2匹だった。

ノビは岩陰から、この巨大な2匹のやり取りを見ていた。

怖かったかと聞かれれば、もちろん怖かった。どちらも自分の何倍もある。足の爪ひとつで、ノビの体なんか簡単に吹き飛ぶ。そのことは頭ではわかっていた。

でも不思議と、逃げようとは思わなかった。

2匹の間にある空気が、険悪そうに見えて、どこか温かかったからだ。長い時間を共に過ごしてきた者同士にしか出せない、雑で乱暴な信頼関係。言葉は荒いのに、間合いは近い。互いの呼吸を知り尽くしている者だけが許される距離感。ノビはそれを、黙って眺めていた。

口論しながらも互いの近くにいるGとK
言葉は荒くても、距離は近い。

小石が転がった午後

岩陰から身を乗り出しすぎた。小石を蹴った。カラカラと音が転がって、2匹の巨大な頭がこちらを向いた。

心臓が口から飛び出るかと思った。体が固まった。逃げるべきだ。頭ではわかっている。でも足が動かない。

🦕 ノビ

あっ……す、すみません。通りかかっただけで、その、怪しい者じゃないです。僕、ただの……ただの通りすがりです。

🦖 怪獣G

……小さいな。

🐉 怪獣K

体長比でおよそ5分の1。まだ成長期だろう。骨格の発達状況から見て、成体まであと数年か。

Gはノビを見下ろした。その目は、岩のように硬かったけれど、冷たくはなかった。品定めをしている、というより、ただ事実を確認しているような目だった。

Kはノビの体を上から下まで観察すると、すぐに興味をなくしたように橋の作業に戻った。ノビは存在を否定されたわけではなかった。ただ、まだ何者でもなかったのだ。

🦕 ノビ

あの、お二人はどこへ向かってるんですか?

🦖 怪獣G

別に決めてない。足が向いた方に歩く。

Kが横から補足した。「私は地形の構造的特性に基づいて最適な経路を選定している。Gが『足が向いた方』と言っているのは、私が選んだ道を歩いているだけだ。」

Gが「うるさい」と一言だけ返した。いつものやり取りらしかった。

2匹はそのまま歩き出した。ノビを気にする様子もなく、また何か言い合いながら、西の山脈に向かって進んでいく。その背中が少しずつ小さくなっていく。あの巨大な2匹が、遠くから見ると普通の旅人のように見えた。

ついていこう、と思った。

不意にそう思った。理由は説明できない。ただ、あの2匹の後ろを歩いてみたいと思った。自分の知らない場所へ連れて行ってもらえる気がした。いや、「連れて行ってもらう」のとも違う。あの背中を追いかけているうちに、自分の足が勝手に遠くまで行ってしまう――そんな予感がした。

ノビは小走りで後を追った。

2匹の歩幅に追いつくのは大変だったが、必死に足を動かした。息が切れる。足が痛い。でも止まれなかった。止まったら、もう追いつけない気がした。

GもKも、振り返らなかった。でも、歩く速度がほんの少しだけ遅くなった気がした。Gの歩幅が、心持ち小さくなった。Kが選ぶ道が、少しだけ歩きやすくなった。

気のせいかもしれない。でも、気のせいじゃなかったと、僕はずっと信じている。

その夜。焚き火のそばで、ノビは初めてノートを開いた。

火の粉が暗い空に舞い上がっていく。虫の声が、夜の帳の向こうから聞こえてくる。Gは岩に背中を預けていびきをかいている。Kは星を見ながら何か計算している。僕だけが、震える手でペンを握っていた。何を書けばいいのかわからない。でも、今日のことを忘れたくなかった。

「今日、2匹の怪獣に出会った。僕はまだ、なぜ付いていくのかわからない。」

焚き火のそばでノートを開くノビと、眠るGと星を見るK
最初の一行が、すべてを変えた。

持ち帰れるポイント

  1. 理由は後からついてくる ―― 「なぜ」を完全に理解してから動く必要はない。直感が先で、言語化は後でいい。動いた先に理由が見つかることもある。大事な決断ほど、論理より先に体が動いている。

  2. 違う者同士が一緒にいる価値 ―― GとKは考え方がまるで違う。でも、だからこそ互いの死角を埋めている。同質な集団より、異質な関係のほうが遠くまで行ける。衝突は信頼の裏返しだ。

  3. 小さくても、ついていく勇気 ―― 体格差も経験差も圧倒的。それでも一歩を踏み出す。追いつけないかもしれない。でも、追いかけなければ永遠に追いつけない。最初の一歩は、いつだって身の丈に合わない。

出会い · 始まり · 仲間